書くのが専門の記者も、時に事件や事故の現場を撮影する。「できるだけ広い範囲を写せ。あとはこっちで何とかする」。それがカメラマンの助言だった。肝心な場面が写っていないと使いものにならないが、片隅にでも見つかれば加工できる、というわけだ。
▼写真で不要な部分を切り取る技をトリミングという。が、雑菌を除くため生食用の肉の表面を削るのもトリミングで、それが義務づけられているとは、春に食中毒が起きるまで知らなかった。事件はそのトリミングを怠ったことが原因のようだ。すわ、と厚生労働省が基準を作り直したのは機敏でよろしかろう。
▼さて、厳しくなった新基準が導入された10月1日以来、ほとんどの焼肉店からユッケなど生食の牛肉が姿を消した。トリミングの前に肉の回りを加熱処理せよ。生肉加工のため専用の設備を用意せよ。そう定められ、準備も間に合わなければ採算もとれない、と業界が音を上げたのである。
▼春の事件では4人が犠牲になった。衛生に万全を期し、違反を罰するのは当然だ。ただ、大方の人がおいしく、問題もなく食べていたものがある日口に入らなくなる理不尽にも思い至る。「生食文化を守れ」と拳を突き上げるつもりはないが、「基準が厳しすぎる」と訴える業界にもいくばくか、共感する。(11・10・19)
春秋 日本経済新聞
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE1E7E5E3E3E0E7E2E3EBE3E2E0E2E3E39F9FEAE2E2E2;n=96948D819A938D96E08D8D8D8D8D
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